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zoom RSS とおるの読書録  ”春宵十話” 岡潔  (日本的情緒 その1)

<<   作成日時 : 2008/04/01 12:49   >>

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            2008年3月30日 桜の咲くころの春寒に 東高根森林公園 白木蓮など


これぞ日本の情緒!
子供はこの景色がかもし出すものを、情緒の中心に位置づけて欲しい。




とおるの読書録

 ”春宵十話” 岡潔 

 情緒が人間の中心にあるという岡潔が、「日本的情緒」という章立てで話を進めている。岡潔にとっても渾身を入れてこの部分に対応したに違いない。


   まずはその、「日本的情緒」の大切と思われる部分を引用して、とおるの考えを入れてみたい。




日本的情緒   その一の部分を書き出すと次である。


  新しく来た人たちはこの国を知らないらしいから、一度説明しておきたい。この国では善行といえばすこしも打算を伴わない行為のことである。たとえば橘媛命・・・うじのわきいらつこの命・・・楠正行たちが花と散り去ったのがそれであって私たちはこういった先人たちの行為をこの上なく美しいと見ているのである。・・・・・・・・・・・・


  「白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける」という歌があるが、国の歴史の緒が切れるとそれが貫かれて輝いていたこういった宝玉がばらばらに散り失せてしまうだろう。それがなんとしてでも惜しい。・・・・・・・・・・・・


  宮沢賢治に「サウイウモノニワタシハナリタイト」いうのがあるが、この国の人たちは、社会の下積みになることをすこしも意としないのである。・・・・全く私意私情を抜くことが出きれば大自然の純粋直感しか働かないことになって、これは決して誤ることがないからである。・・・・


  実践の面から見ればこのくにの善行はまことに手軽で便利であって・・・、この間の事情をこのくにではつぎのようにいいあらわしている。
 「正直のこうべに神やどる」
 「目に見えぬ神に向いて恥ざるは人の心のまことなりけり」明治天皇
 
 漱石にそのところを聞いてみよう
     聖天子上にある野ののどかなる
     武蔵相模山なきくにの小春かな
     すみれほどの小さな人に生まれたし




ーーーーーーーーーーー

以下 とおるのコメント


新しく来た人たちはこの国を知らないらしいから、一度説明しておきたい。この国では善行といえばすこしも打算を伴わない行為のことである。たとえば橘媛命・・・うじのわきいらつこの命・・・楠正行たちが花と散り去ったのがそれであって私たちはこういった先人たちの行為をこの上なく美しいと見ているのである。・・・・・・・・・・・・


  恥とか主君とかお国とかのために 簡単に死んでしまう美意識とか価値観とかには 今では誰もが疑いを持っているであろうが、日本的情緒を説明するに、岡潔がこれを冒頭に持ってきたのには、衝撃が走る。これは別途良くこのことをいかなることで意味があるのか考えて観る必要があると考えた。三島由紀夫が自殺したこともこの意識があるのだろうから・・・ 



  「白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける」という歌があるが、国の歴史の緒が切れるとそれが貫かれて輝いていたこういった宝玉がばらばらに散り失せてしまうだろう。それがなんとしてでも惜しい。・・・・・・・・・・・・



 日本の風土から育った”日本的情緒”というものは、私たちがそんな風土に育ったから、知らずしてそんな教育を幾重にも受けているから、日本に独特のものであり、日本人の心の中を流れて、支えるものだから、とても執着が強いものだ。他の国を新聞や旅行でみる時、対比する価値基準というものは、日本的情緒の端くれだとは思う。それが日本の風土のお陰だというのでは、私でも愛国心は湧いてしまう。日本の風土の美しさに心の底からほれ抜いている自分に気がつく。日本人の共通基盤とはこれだ。





  宮沢賢治に「サウイウモノニワタシハナリタイト」いうのがあるが、この国の人たちは、社会の下積みになることをすこしも意としないのである。・・・・全く私意私情を抜くことが出きれば大自然の純粋直感しか働かないことになって、これは決して誤ることがないからである。・・・・


”この国の人たちは、社会の下積みになることをすこしも意としないのである”というのも、衝撃が走ろう。そうでなくてはならないだろう。いまでは、出来るだけ給料の取れて自己発揮が出来る職業に就こうと内心思うのではないだろうか。それ故、結果として満足できた人は一握りで、思うように行かず敗北感を舐めて過す人が大多数ということになっていないか。いまは昔の人に比べていらだちの多い人ばかりというのも、経済的な発展を遂げたいま皮肉なことだ。”社会の下積みになることを意に介さない”とはどういうことか。もう理解を超えた話だが、きっと、この著でいう”善行”を積めば自ずとそれを体得するということであろう。






  実践の面から見ればこのくにの善行はまことに手軽で便利であって・・・、この間の事情をこのくにではつぎのようにいいあらわしている。
 「正直のこうべに神やどる」
 「目に見えぬ神に向いて恥ざるは人の心のまことなりけり」明治天皇
 
 漱石にそのところを聞いてみよう
     聖天子上にある野ののどかなる
     武蔵相模山なきくにの小春かな
     すみれほどの小さな人に生まれたし



本当にこの日本の風土に根ざした日本的情緒が、今後とも日本人を支え続けるのだろうか。そうできるのであろうか。


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