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zoom RSS とおるの読書録 ”春宵十話” 岡潔

<<   作成日時 : 2008/03/31 17:42   >>

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     2008年3月30日 桜の咲くころの春寒に 東高根森林公園 白木蓮など


これぞ日本の情緒!
日本の子供はこの景色がかもし出すものを、情緒の中心に位置づけて欲しい。





とおるの読書録

 ”春宵十話” 岡潔 

   最近何か気持ちが荒れる。それでこころにうるおいをと思い、昔読んで感激したこの本を取り出してみた。決して裏切らないが結構むずかしい。読み解く必要のあるところも出てきた。

   まずはそのはしがきを引用してコメントを書いてみたい。


はしがき

   人の中心は情緒である。情緒は民族の違いによっていろいろな色調がある。たとえば春の野にさまざまな色どりの草花があるようなものである。


   私は数学の研究をつとめる者であって、大学を出てから今日まで三十九年間、それのみにいそしんできた。今後もそうするだろう。数学とはどういうものものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術一つであって、知性の文字盤に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。


   私は人には表現法が一つあればよいと思っている。それで、もし何事もなかったならば、私は私の日本的情緒を黙々とフランス語で論文に書き続ける以外、何もしなかったであろう。私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうとスミレのあずかり知らないことだと答えて来た。


  その私が急にすこしお話しようと思い立ったのは、近ごろのこの国のありさまがひどく心配になって、とうていはなしかけずには居られなくなったからである。この結果がこの小冊子となった。

  すべて私が話したところを、毎日新聞社の松村洋君がまとめて文につづったものである。

  1963・1・30 
                        岡 潔  識す



このはしがきへのコメントを以下に示す。


 人の中心は情緒である。情緒は民族の違いによっていろいろな色調がある。たとえば春の野にさまざまな色どりの草花があるようなものである。

  人が人であるための根幹は情緒であるのでこれがしっかりしていなければならない、というのが岡潔の提言である。民族によって情緒の色調が異なるという言及は、あえて日本的情緒を強調したかったからであろう。


   私は数学の研究をつとめる者であって、大学を出てから今日まで三十九年間、それのみにいそしんできた。今後もそうするだろう。数学とはどういうものものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術一つであって、知性の文字盤に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。


   なぜ情緒についてそのように思えるのかを、説明している。数学の研究をすることとは、情緒をしっかりさせていく必要があった。数学の発見はしばしば頭脳の内情緒を司る部分から解明してきた。情緒を正しく働かせることが人を人らしくしていくことと、思い至った経緯があると説明している。


   私は人には表現法が一つあればよいと思っている。それで、もし何事もなかったならば、私は私の日本的情緒を黙々とフランス語で論文に書き続ける以外、何もしなかったであろう。私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうとスミレのあずかり知らないことだと答えて来た。


  生き様を見せつけようとしたのか。これから書くものの強さを暗示しようとしたのか。この本の中で書くことへの絶対的な信念を見せつけているように思う。


  その私が急にすこしお話しようと思い立ったのは、近ごろのこの国のありさまがひどく心配になって、とうていはなしかけずには居られなくなったからである。この結果がこの小冊子となった。

  人が人である根源が情緒であると世間に分かってもらわないと、この日本は亡びてしまう。人の教育はどうあるべきかを 警鐘をもって知らしめたいとしている。


  すべて私が話したところを、毎日新聞社の松村洋君がまとめて文につづったものである。

  1963・1・30 
                        岡 潔  識す



   このはしがきはこの冊子に何が書かれているか示すものである。人間の本性を言い解き教育が如何にしなければいけないか説いている。

  書かれてから実に半世紀近く経っている。最近の新聞をにぎわす”誰でもいいから殺したかった”という事件が発生する世相は岡潔が思っていた以上に彼の心配が正しかった。今改めて、教育者、父親母親、子供を取り囲む大人にの一人一人がこの岡潔の”情緒が人の中心”論を考えたい






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