とおるの旅”今日の一枚の写真”

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zoom RSS とおるの読書録  はじめに

<<   作成日時 : 2007/12/16 22:32   >>

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  とおるがブログを開催しているのに、読書録が無いというわけには行かない気がする。読書は生活の大事な一部ではあるまいか。かといって、最近、読書をしているかというと、読書などしていないと、心の片隅から悲しい叫び声が聞こえる。

  少なくとも本に目を通していることはあるので、それでも好いから読書録を書いて置くべきだろう。書かないよりは、すこしは益しだと思う。

  思えば若いときは精神活動の中心に読書があった。子供の頃は貸し本屋があって、本を借りてきて薄暗い二階に上がり、本を読み始めると五分と経たずに、涙が一杯になり泣き初めていた。学生の頃本屋の本の前に立ち選んで買うあらゆるジャンルの一冊の本が、とおるに感動を与えなかったことはなかった。数百円の本は3,4時間の感動の時間を与えてくれた。

  世の中に出たあとは読書が生活の中心になることはなかった。理工系で忙しかったからだ。読書に変わる創造性が必要な研究開発職に付いたから精神活動には満足していた。それゆえ、学生時代のような読書は余りしなかった。数十年の読書生活のブランクが出来たと思う。

  そしてそのブランクの後の今、たまに本屋に行って買ってくる本に感動することなぞ余り無い。大体30分ほどぱらぱらめくっていると大体何が書かれているか分かる。それでその本は再び開かれることは無いことが多い。1500円〜2000円くらいはする。30分の時間つぶしにこの値段は勿体無いと思う。

  最近の本は中身が無いのが理由のように思う。昔は学問を究めて体系的に知識があるもののみが本を書いていた。だから、何時間も没頭してあまりある中身があった。今は何とか魅力的なタイトルと宣伝をしてして売らんかなということだけで本が氾濫しているように見える。中身の無い本ばかりが本屋に並んでいるように思える。一冊の良書を得るために、10冊ほどのどうでもいい本を買わなければならない。

  しかし、捨てる神あれば拾う神あり?だろうか。時代は進んでこれを補うのである。時代の技術進歩の手を借りて本を選んで読んでいる。

  その1は川崎の図書館にアクセスして検索ツールで本を選んで借りている。予約も貸し出しも一人十冊まで借りられる。家内の権利も使うから、とおるの旅の前は20冊ほどの図書館の本が自分の本棚に並ぶ。これだけ並んでしまうと読書というよりは情報収集というのが適当だ。この方法は川崎市の10以上の図書館の蔵書が検索できるから膨大な本の中から選べる。発売された主たる本は検索の対象になっているのではないだろうか。

  その2はアマゾン(www.amazon.co.jp)で検索して本を購入する。1500円以上なら無料で配達してくれるから便利だ。lonely planetの旅行書などは本屋より大幅に安い。海外の本はここから買うのが便利だ。海外のアマゾンを利用したいと思っている。


  本屋の本だらけの砂漠にあってこれらのほんを選ぶことに満足はしているが、それらによって、読書をしているかというと、なぜか、否と心が言う。自分の望む感動の読書は滅多に出来ていない。本を読むというよりは、知識の収集をしているというのが近い。

   
   そんなこころの砂漠にあってどれだけ読書録が書けるだろうか疑問だが、そんな前置きを書いて置きたかった。左様な状況の中で、兎に角なにか本を読んだら跡をのこしておきたい。一ヶ月に一度くらいは何かの本の感想でも書いておきたい。

   

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